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8月18日 3度目の正直じゃなくて挑戦
何に挑戦かと言うとコンピューター
私が渡英する前からE-Mailくらいは出来るようにしたいって言っていたのだけどなかなか実現せず
一度も父からMailが来る事がなかったので用事があるときは何時も電話
でも電話だと時差があるから必要なときしかかかって来ないしこちらからもかけない。
連絡は月に一回あればいいほう
今まではPCの使い方をさらっとメモするだけだった父
いざ使おうとするとわからない
という事で今回はUKで留守番中の旦那相手にMailしてます。
父は日本語で、旦那はローマ字で。。。
今日で3日目
な、なんとネットでニュースを読んだり検索したりしてた!!!
時が経つのを忘れPCに向かってた父
夕食後にこんな事を
「PCはおもちゃだな、お腹すいてるのも忘れてた」
何時も夕食前に旦那にMailを送っている父
必死に文字入力してて空腹なのを忘れていたらしい
さすがに文字入力は遅いけどなんとかMailも使いこなして楽しんでいる
突然父からMailをもらった旦那は大喜びで一生懸命ローマ字で毎回返事を送ってくれている。
電話だとなかなか日本語が出てこない旦那もMailでならなんとか日本語でコミュニケーションが取れている。
旦那にとっても日本語の勉強になってるだろうし一石二鳥だね!
私の滞在も残り後わずか
でもこれからはきっとMailでやり取りできると思う。
お父さん、頑張れ~~~!! 1月1日 Happy New Year!あっという間に2006年
日本に来て初めての更新です。
皆さん新年をいかがお過ごしですか?
出発の朝は寒くて飛行機の翼にも霜がバッチリ
それを溶かすのにお湯を翼に放射してるのを目撃!
闇に浮かび上がるコンコルドも夫婦でバッチリ見て長旅の始まり
私たちが日本に来る前から体調があまりよくなかった父
仕事も10月一杯で退職して体力も少し落ちたみたいでここ数日は腰が痛く歩くのも辛そう
毎夜寝る前にマッサージしてあげる事が日課に
それも後数日
私たちが帰国後検査入院の予定は入っているものの独りでは不安
頑固な父もちょっぴり不安げ
腰の状態が良くならなければ私たちがいる間に入院をしたほうが安心かもしれない
すっかり弱々しくなっている父に親孝行の真似事をここぞとばかりしている
父にしてみれば折角帰ってきて看病(介護)をしている私に申し訳なく思っているようで時々その事を口にする
まぁ私にしてみれば普段出来ない事を凝縮して楽しんでいたりするんだけど
あらら、新年初の記事に似つかわしくない内容になちゃったよ…
5月11日 検査結果4月13日にした骨髄検査の結果を聞きに行った GW明けという事でかなり混んでいて予約時間よりもかなり待たされた
待つ事1時間半 ようやく父の番がきた 診察室に一緒に入って結果を聞く 意外と落ち着いてる自分がいた
今の段階では急激型ではないのでこのまま薬だけ飲み続けましょう。 何度も言うようだけれど、治療法はないし、日本男性の平均寿命(78歳)までは無理でしょう このまま様子を見て1ヵ月に一回来て下さい
といわれた。 最悪の事態にはならなかったことに一安心 イギリスへ帰ってもいいとお許しももらった。 急変したときにはもう、最後だと思ってください とDr.は付け加えた
何はともあれまだ時間がある。 スイスにも行けるかもしれないし、孫の顔も見られるかもしれない とりあえず長年吸っていたタバコをやめる事にした父 タバコを吸うよりいろいろなところに行きたい!
明日から2泊で長崎の親戚の家へ 母方の親戚がいるので挨拶がてら美味しいお魚を食べようっと
父の事でいろいろと支えてくれた旦那、職場の仲間 そしてブログにコメントをくれた方ご心配を掛けました ありがとうございました。 これからもよろしくお願いします
4月8日 父帰国昨日の飛行機で父が帰国した
空港では父から旦那に握手を求めた そっと左手を添えた父は何を考えていたんだろう? 一度も振り返らずにゲートの中へ行っちゃった… 旦那は父が握手を求めたのが嬉しかったようではしゃいでた 私は父を見送りホッとしたのか涙がこぼれた 13日には私も日本に行くのに とっても健康そうに見えた父にホッとしながらも病気のことが気にかかる
旦那は父に「今度はスイスに行きましょう」 と約束としたらしい 父がどうしてもスイスの山の上にあるホテルに泊まってみたい と言っていたから
願いは叶うのかなぁ
2週間の滞在中、風邪を引かれては困ると心配だったけど そんなこともなく無事帰国した
今朝電話をしたら
アムステルダムで危うく乗り遅れるところだった と父 ???何でぇ??? 空港でチェックインする際到着ゲートと出発ゲートを教えてもらっていた父は すっかり安心しきっていてイギリスとオランダで1時間の時差 があることを忘れていたらしい 出発15分前に気がついた父は走ってゲートへ
強風のため滑走路が1本しか使えず1時間遅れになっていたので 問題はなかったらしいけど… かなり焦ったみたい… 英語が得意ではないので乗り遅れていたら大変だったよ! だって
無事に帰れてよかったね、お父さん!
この2週間 旦那は仕事にも行き父のためにいろいろなところに連れて行ってくれた 本当にありがとう!父に沢山の思い出を作ってくれて 3月25日 元気そう!昨日、父と1年ぶりの再会をした。 思っていたより元気そうでホッ!としたよ、本当に 空港で早速パブを見つけた父はニコニコしながら 飲みたいとおねだり 相変わらずだな~と思いながらもいつもと少しも変わらない父に 心底ホッとした。 まるで病気に罹っているのがうそのような気さえした。
ウソだったらいいのに…
長旅で疲れていた父はぐっすりと眠れたようで 今日は近くの公園にお散歩に行ってきた。 ゆっくりと歩きながら親子の会話ははずんだ。
明日の予定はWedding Photo 旦那の友達がカメラマンなので彼に撮ってもらう。 ようやくドレスが着れるのは嬉しいけど、伸び放題のこの髪の毛を なんとかしなきゃ 我が家での撮影なので気は楽だけどね! 3月13日 父が来る(^^)v昨日父から電話があった。 「10日の検査中止だった」 Drが父の旅行に配慮しての中止。Drは父に折角の旅行だから 楽しんでいらっしゃいと言ってくれたらしい。 もし検査をして結果が気になっていたら旅行も楽しめないだろうということで。 粋な配慮をするDrは35日分の抗生物質を処方してくれた。 気になる検査は4月13日。 この日に合わせて私も一時帰国することにした。 父の希望というよりもDrの希望である。どうしても私と話がしたいDr。 何を私に告げたいのか… すべての検査結果が出るのに約1ヶ月かかるというので5月一杯は日本にいる予定。 検査結果次第でそのまま日本に残るかこっちに帰ってくるかを決めることにした。 父にとって最後になるかもしれない海外旅行。極力いろいろなところに連れて行ってあげたいと思う。 気になるのは日本との気温差。風邪を引かれては困るから。
父が食べてはいけないもの 納豆 カビ系のもの(ブルーチーズ、カマンベールチーズなど) 賞味期限の切れたもの 作り置きをした物 タバコ(カビが含まれているため) 父曰く、後半年の命ならタバコは辞めない。でも5年なら辞めて少しでも長生きしたい! 私も父に同意した。
父が出来ること 仕事(週2日働いている) お酒(飲みすぎなければ) 食べ物にさえ気をつけていれば日常生活には支障はないらしい
父の白血球にはキラー細胞というのがほとんどない。この細胞は外からの異物(風邪など)を処理する働きがある(痰、鼻水などが出るのはこの細胞のお陰) そのため、簡単に肺炎を起こしやすい。これが命取りになる。 爆弾を抱えての旅行だが楽しいことをするのは病気にもいいはず! 今からとっても楽しみ 3月6日 立ち直れない昨日のニュースから一夜明けても立ち直れないでいる 現実と向き合わなければならないのは分かっているし、これからが大変なことも。だから今は一杯泣いてこれからの現実と立ち向かおうと思う。親孝行らしいことしてない事に気がついた。 バージンロードを私と歩きたいと言っていた父。初孫を見るまでは死ねないといっていた父。 どちらの夢もかなえて上げられないのだろうか?私達は入籍のみで挙式はしていない。子供は欲しいと願っているがまだ出来ないでいる。バージンロードを一緒に歩けないかもしれないけど、ウエディングドレス着て写真を撮ることくらいは出来そう。
以前、母が亡くなったときに話していたことを思い出す。 父:「癌とかでもう治療の余地がないのなら無意味な治療は続けて欲しくない」 私:「それならホスピスに入れば、お酒も、タバコも辞めないで自分らしく最期を迎えられるよ」 父:「それいいな、そこにする」 ネットでポスピスを探す。思ったより多くないし料金も高い。それでもいい、もしも本当に父が望むのなら最後まで父らしくいさせてあげたいと思う。
母が倒れた時、気丈な父に支えらて頑張れた。父が頑張っているから私がめそめそしていたら負担になるからと気丈に振舞った。 今度は私が父を支える番だ。父の前では笑顔でいられるように今のうちに一杯泣いておこう。 それがきっと最大の親孝行になると信じて 3月5日 落ち着いて聞けよ!日本にいる父から電話があった。 初めの用件はフライトナンバーが決まったとの連絡。今月24日から2週間の予定で我が家に2度目の訪問となる。その後父は一呼吸置いてこう言った。
「落ち伝聞けよ!」 この場合いいニュースではないのはすぐ分かる。 「いい話じゃないね」 と答える 頭の中では、親戚の誰かが危篤というのがよぎった。
「俺、白血病みたいだな!」 父は淡々と言った。 駒込病院で血液検査をした結果、即答で言われたらしい。
病名: 慢性単球性白血病 余命: 早くて6ヶ月、長くても5年以内 骨髄移植は年齢的に不可能ということで治癒の可能性はかなり低い
3月10日に骨髄の検査が行われる。そこで治療方針が決まる。 -余命もはっきりするという事 担当の先生は父に私を帰国させるべきだと断言したらしい。 とにかく10日の検査次第で父がイギリスに来れるかどうかが決まる。これが父の最後の海外旅行になるのかもしてないし、そうではないかのしれない。
我が家は父子家庭。母は14年前にクモ膜下出血で他界をした。その後私が渡英するまで2人仲良く頑張ってきたがその父が不治の病とも言われる病気にかかってしまった。 クールな性格の父は自分の病気をすんなりと受け入れ、すでに自分の死後のことを心配している。残りの人生できる限りいろいろなところに旅行もしたいと言っていた。 いずれこんな日が来ることは分かっていた。でももうちょっと先の話だと思っていた。父の家系は癌家系なのでどっかの癌というのは考えていたが白血病とは思いつきもしなかった。
父は自分の病気を心配するどころか、私を帰国させなければいけないのが気がかりだとも言った。罹ってしまった病気をとやかく言っても始まらない、受け入れるしかないからとも。 話を聞きながら泣くまいと頑張ったが駄目だった。 私の大好きなお父さん、泣いてごめんね。日本に帰ったら最後まで面倒見るから頑張ってね。 |
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